読んだ本とかのまとめ(2022年12月)

読んだ本

『虚無への供物』は意外と読みやすかった. 主要登場人物が誰も彼も筋金入りの推理小説マニアで,古今東西推理小説を引き合いに出しつつ各々勝手な推理合戦を繰り広げていくのが面白い. 殺人事件が起きたときに即座にノックスの十戒の話をはじめる精神は持ち合わせておきたい.

どちらかというと『後宮小説』の方が奇書だった.近世中国っぽい王朝の後宮を舞台とした歴史小説風のファンタジー.登場するのが揃いも揃ってやたらとクセの強く愉快な人物ばかりで,毎ページ「そうはならないだろ」とツッコミを入れたくなる.作中の出来事について,地の文が「史実は小説よりも奇なり」とぬけぬけと言ってのけていた(当然史実ではない)のが白々しくて好き.

『愚かな薔薇』は『幼年期の終り』を恩田陸が書くとこうなるかといった感じ. 『EPITAPH東京』にも吸血鬼が出てきたし,近年刊行の恩田陸作品には吸血鬼ネタの登場率が高い. 作家が吸血鬼に凝りはじめたのかとも思ったが,本書の執筆開始は10年以上前らしいので,そういうわけでもなさそう. SF・伝奇・ミステリとてんこもりの内容でありつつ,のどかな山村小説っぽい雰囲気もあるあたりは,さすが恩田陸作品といったところ.

『或る「小倉日記」伝』は鬱小説集だった. 人生はなるようにはならないものだし,人間は狂うときには自覚なく狂うというのを痛感させられる. 収録作「断碑」の主人公・木村卓治は,高校の恩師の親戚がモデルになっているらしいという話を思い出して懐かしくなった.

『我が友、スミス』は「筋肉はすべてを解決する」といわんばかりの勢いあふれる筋トレボディビル大会小説で清々しかった. 本書と『或る「小倉日記」伝』を戦わせたら対消滅を起こしそう. 分野は何であれ,自分に自信が持てるレベルで没頭できることがあるのは羨ましい.

『推し、燃ゆ』は2022年読みたかった本ランキングNo. 1だったので年内に読むことができてよかった. 「推し」も一人の人間であって,決して神ではないという単純な事実の受け入れがたさが悲しい. その現実に直面させられてもなお,たかだか綿棒のケースを投げ捨てる程度にしか壊れられない主人公も絶望的なまでに悲しい. 推しは燃えないでほしいし,人間宣言しないでほしいし,病気や怪我なく幸せでいてほしいが,世の中ままならない…….

『老ヴォールの惑星』:日本人作家のSFを読むの久々な気がする.やっぱり母国語の本の方が著者の筆致がダイレクトに伝わってきて心地いい気がする.登場人物たちの生存意欲が高すぎる.表題作「老ヴォールの惑星」のように,地球とは完全に異なる環境で進化した異星の生命の物語は,いろいろと想像がはかどるので好き.

『闘争領域の拡大』:クリスマスなので読んだ.ポケモンバトル理論だ……. 本書の主人公が『後宮小説』を読んだら闘争領域のインフレーションっぷりに驚いて爆発四散しそう. この本を読んでからというもの,世の物事を見るたび,「これは闘争領域が拡大しているのか・縮小しているのか」を考える悪癖がついてしまった.

『皆のあらばしり』:地方都市の名家に埋まっている骨董本を探索するのに何となくあこがれがある.来世は生活に不安のない石油王にでもなって,趣味で文系研究者やりたい(本作の「男」的な感じ).

ガリレオの生涯』:終盤,弟子に向けてガリレオが語った科学の目的や意義の話,やや耳が痛い.「科学の唯一の目的は、人間の生存の辛さを軽くすることにある」「新しい成果に対して君たちがあげる歓呼の叫びが、全世界のあげる恐怖の叫びになってしまう」(光文社古典新訳文庫ガリレオの生涯』より)といったあたりとか. まあそんな高尚なことを気にするより,目先の研究タスクをしっかりこなせるようにならないといけないんですが.

『嘘と正典』:「魔術師」が特によかった. 「魔術師」,ノーランの『プレステージ』的なトリックかと思ったけど,そういうわけではなさそうだった. プリーストの『奇術師』(『プレステージ』の原作)とタイトルが似通っているということはオマージュなんだろうか? 表題作の「嘘と正典」はMCUドラマの『ロキ』を思い出した.